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研究トピックス一覧

農産物茎葉の新たな活用法を創出する常温酸処理GrAASプロセスの開発-農業を低?脱炭素産業につなぐ新たな技術-(大学院理工学研究科 小竹敬久教授 共同研究)

2024/1/26

ポイント

稲わらなどの農作物茎葉は腐敗?変質しやすいため、長期的な炭素貯留を想定した低?脱炭素産業への利用が課題でした。農研機構は、常温で酸処理することにより茎葉の繊維を解きほぐしやすくする新技術GrAASプロセスを開発し、埼玉大学、東京大学と共同でこの現象を詳細に解析しました。本手法の利用により、茎葉を繊維?構造資材として利用しやすくするだけでなく、繊維の糖化性1)が向上し、バイオ燃料等などへの変換利用が可能となります。本技術によって、農業から低?脱炭素産業を創出できるものと期待されます。

概要

気候変動の激化に伴い、低?脱炭素への取り組みなど対策の加速が求められています。この対策の一つとして、空気中の希薄なCO2を直接分離回収するDAC(Direct Air Capture)技術が注目されています。農林業は、光合成によって大気中CO2を回収して農作物や木材に変換するDAC技術とみなせます。しかし、稲わらなどの農作物茎葉は短期間で腐敗?変質してしまうため、建材や紙などの長期使用により炭素を貯蔵する木材と比べて、低?脱炭素への貢献が限定的です。

農研機構は、特殊な方法で常温酸処理することで、稲わら等の茎葉を繊維または糖化原料として利用しやすくなることを見出し、その方法をGrAAS(Grass Upcycling by Activated Acid into the Sugar Pool:活性化酸による草から備蓄糖へのアップサイクル2))プロセスと名付け、埼玉大学および東京大学大学院農学生命科学研究科と共同でこの現象を詳細に解析しました。

GrAASプロセスでは、活性を高めた塩酸を使い、液相または気相条件下で改質した茎葉粉末を粉砕することで、水中での分散性が高い懸濁物が得られます。また、この懸濁物を酵素糖化すると、対照試料の懸濁物よりも高い回収率で糖を回収できます。

今回開発したGrAASプロセスを用い、これまで十分利用されていなかった茎葉を繊維に変換すれば、紙、ボード、リグノセルロースナノファイバー3)などの製造が効率化し、長期使用に適する炭素プールとして利用できます。また、この繊維を酵素糖化して糖を回収し、それをバイオ燃料やバイオプラスチック原料などに変換することで、低?脱炭素に貢献します。さらに、「長期使用後に糖が回収できる」という特性をもつ茎葉由来の新素材は、「備蓄糖」として長期貯留することが可能であり、必要な時に燃料、飼料や食料などに変換することができます。

今後は、GrAASプロセスの試験規模拡大、試作用試料提供、資材特性評価等を経て小規模製造技術実証を行い、技術の早期の社会実装を目指します。

図1  GrAASプロセスを中核工程とした草本茎葉の高度利用フローの概要図

関連情報

予算:運営費交付金、NAROイノベーション創造プログラム、国立研究開発法人新エネルギー?産業技術総合開発機構(NEDO)委託業務(JPNP18016)

問い合わせ先など

【研究推進責任者】
農研機構食品研究部門 所長 髙橋 清也
【研究担当者】
農研機構食品研究部門 食品加工?素材研究領域 バイオ素材開発グループ グループ長 徳安 健
埼玉大学大学院理工学研究科 教授 小竹 敬久
東京大学大学院農学生命科学研究科 技術専門職員 木村 聡

開発の社会的背景

<気候変動の激化とその緩和>
2023年の7月が観測史上最も高温となったことを受けて、国際連合のグテーレス事務総長は、「地球沸騰の時代が到来」と述べ、気候変動対策を強化する必要性を説きました4)。気候変動を緩和するためには、温室効果ガス(GHG)、特に温室効果の主因となるCO2の排出削減が重要となります。実効性を伴う新たなGHG削減技術として、大気中のCO2を直接回収し、貯留?除去するための「ネガティブエミッション技術(NETs)」への注目が高まっており、現在、約0.04%という低濃度の大気中CO2を効率的に捕捉するため、DAC(Direct Air Capture)技術の開発が精力的に進められています(図2)。DAC技術としては、膜を用いた物理的なCO2回収技術、アルカリとCO2との結合による捕捉技術や、光合成等の生化学反応を利用する炭酸固定技術などが開発されつつあります。

図2 DACの概念図
回収された炭素の地下貯留およびバイオ燃料やバイオプラスチック原料などへの変換により低?脱炭素に貢献します。

<農林業とDAC>
農林業は、光合成によって空気中CO2を捕捉?固定して農作物や木材中の有機物に変換することからDAC技術と見なすことができ、その固定炭素を長期間貯留できればNETsとして完成します。腐敗?変質しにくい木材は、国産の建材や紙などの長期使用による炭素プールを通じて、脱炭素への貢献がカウントされています。しかしながら、農業生産に伴い発生する稲わらなどの茎葉は、腐敗?変質しやすく、長期使用を想定した用途は殆ど存在しないことから、脱炭素への貢献は限定的です。以前は、わらを原料としてセルロースを主成分とするパルプを取り出し、わら半紙が作られてきました。しかし、わらを原料とするわら半紙は、アルカリを用いた大規模パルプ製造工程に適合しにくいため、現在は殆ど製造されていません。国内水田作だけで約800万トンのわらを産生し、世界的には米、小麦およびトウモロコシの作付により約24億トンのわらを産生する農業の役割を高度化し、気候変動を緩和するため、茎葉による低?脱炭素技術の開発が急務となっています。

研究の経緯

腐敗?変質しやすい茎葉を長期使用に耐えられる繊維に改質できる方法を探したところ、特殊な塩化水素処理によって常温で改質できることを見出しました。過去に、塩化水素ガスを木材や麦わらに作用させて糖にまで分解する工程が開発されていますが、この反応では分解が進みすぎて繊維がバラバラになってしまうことが問題でした。そこで、より穏和な反応手段として、今回塩化カルシウム水溶液と塩酸とを混合する塩化水素ガス発生法を適用し、稲わら粉末に対する改質効果を評価しました。

研究の内容?意義

1. 稲わら粉末の改質?粉砕
稲わらの粉末を塩化カルシウム-塩酸水溶液(反応液)の共存下で、液相反応5)または気相反応6)によって処理することで、粉末を改質しました。洗浄後の処理粉末を水に懸濁して粉砕用ビーズの添加後に湿式粉砕しました(処理試料)。対照試料としては、反応液の代わりに塩化カルシウム水溶液を用いて同様の処理を行いました。

粉砕後の懸濁液を水で希釈して全量を5 mLとした後、再懸濁して室温で静置した際の懸濁物の見かけ体積を図3Aに示します。液相反応と気相反応の両方について、処理試料の方が対照試料と比較して数倍の体積に拡がっています。図3Bで示したように、処理試料の方がかさ高くなっています。

図3 稲わら粉末を酸処理?粉砕した試料の懸濁物の見かけ上の体積
A:ビーズによる粉砕物での結果(液相処理試料および気相処理試料)
B:液相処理試料、白矢印は懸濁物が占める見かけ上の体積=繊維のかさ

2. 処理試料の構造上の特徴
酸処理した稲わら粉末の組成を調べると、二次細胞壁7)多糖のキシランの主構成成分であるキシロースが対照試料と比較して25%(液相処理試料)または46%(気相処理試料)減少していました。図3Aで用いた液相処理試料の懸濁物を取り、乾燥後に顕微鏡観察すると、対照試料では、幅1 mm弱、長さ数mmの粉末が観察されたのに対して、処理試料では一層細かく粉砕されています(図4)。

図4 稲わら由来対照試料(A)および処理試料(B)の走査型電子顕微鏡による観察像

懸濁状態の液相処理試料をさらに詳しく観察すると、一本一本の細長い繊維細胞にまでほぐれており、その繊維細胞の表面を構成する微細繊維が浮き上がっているように見える箇所があることが確認できました(図5A)。そして、このほぐれている箇所を電子顕微鏡で観察すると、1μm未満の幅の微細繊維が確認されました(図5B)。このように、本処理によって、組織間の結合が弱まり細胞単位に分離しやすくなり、さらに、その表面の細胞壁がほぐれて露出し、ナノ繊維化したものと考えられます。この繊維の比表面積(単位乾燥重量あたりの表面積)は、対照試料から得られる繊維の値の6.3倍に上昇しました。

図5 稲わら由来処理試料の光学顕微鏡(A)および走査型電子顕微鏡(B)による観察像

3.処理試料の糖化特性
稲わら粉末を液相処理または気相処理した試料から、微生物発酵によるエタノール生産等の基質となるグルコースとキシロースを遊離させるため、繊維質分解酵素を作用させました。その結果、対照試料を用いた結果と比較して、グルコースの回収率が2倍以上、キシロースの回収率は約3倍(液相処理)または約6倍(気相処理)に向上しました(図6)。このように、本処理工程は、シンプルな常温酸処理によって繊維の改質を促すだけでなく、その酵素糖化性を大きく向上させます。回収した糖をエタノール、SAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料)8)などのバイオ燃料、バイオプラスチック原料などに変換することで、低炭素産業の創出に繋げることができます。

図6 稲わら液相処理試料(左)および気相処理試料(右)の酵素糖化後の遊離糖回収率

4. 備蓄糖としての役割
上記の二つの特性を組み合わせると、稲わら繊維は長期使用?貯蔵が可能な有機物という「炭素プール」としての価値に加えて、必要な時に糖を回収利用できる「Sugar pool:備蓄糖」としての価値を持つと言えます。貯蔵性を確保するため、稲わら粉末の液相処理により得られた繊維を型に詰めて高密度で安定性の高い形状に圧縮成型したところ、密度0.64 g/cm3の「糖の延べ棒」が得られました(図7 重量289 g、底部66 mm×180 mm、上部52 mm×165 mm、高さ34 mm)。全体重量の58%を糖(単糖)が占めるこの備蓄糖は、必要に応じて燃料、飼料や食料に変換することができ、非常時の資源供給の安定化にも寄与します。

図7 稲わら粉末から試作した「糖の延べ棒」

今後の予定?期待

今後は、GrAASプロセスの試験規模拡大、試作用試料提供、資材特性評価等を行い、小規模製造技術実証を経て、用途を絞って社会実装することを検討しています。最小規模として、20 ha程度の水田から100トンの稲わらが回収されるケースを想定した場合には、その稲わらに捕捉される約40トンの炭素(炭素含有率40%と仮定、CO2として150トン相当=ガソリン約64,000 L燃焼時の排出CO2に相当)の産業利用が期待できます。

中規模での社会実装イメージとしては、水田1,000 ha程度から5,000トンの稲わらを回収することを想定すると、収率7割と仮定して3,500トンの繊維が生産されます。そして、例えば、備蓄糖としての「糖の延べ棒(図7)」を製造する場合、収率8割として2,800トン(CO2として約4,100トン相当、970万個)の製造規模となります。さらに大規模化すべきもの、例えばバイオ燃料製造工程などについても社会実装を目指します。

茎葉は非可食資源と見なされていますが、GrAASプロセスにより得られる繊維は糖化性が向上しており、「可食化」可能な資源としての潜在的価値が向上しています。世界で約24億トン生産される穀物茎葉を備蓄性の炭水化物として利用し、さらに多様な栄養を発酵生産するための糖源として活用できれば、茎葉は強靱な「食料供給余力」と見なすことができます。

用語の解説

1) 糖化
セルロース等の繊維質が遊離の単糖やオリゴ糖に分解されること。

2) アップサイクル
資源を改変前よりも高付加価値のものに改変すること。

3) リグノセルロースナノファイバー
草や木由来の細胞壁からセルロースを高度に精製せずに微細化し、1μm未満の幅とすることにより高機能化した繊維素材。

4) 気候変動対策の強化
我が国では、「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」を2021 年10 月に閣議決定した。ムーンショット型研究開発事業(JPNP18016)では、本長期戦略と方向性を合わせて「2050 年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」との目標を掲げている。

5) 液相反応
稲わら等の粉末を反応液に懸濁して、両者を接触させた状態で粉末を改質する方法。

6) 気相反応
稲わら等の粉末を反応液と非接触状態で同じ容器内に置くことで、粉末を改質する方法。

7) 二次細胞壁
リグニンを沈着した通導組織の細胞壁を指し、草本茎葉では、セルロース、ヘミセルロース(主成分はキシラン)、リグニン、無機塩等により構成。

8) SAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料)
再生可能な原料より製造された、燃焼時の実質的なCO2排出量を低減する航空燃料。

発表論文

タイトル Hydrogen chloride treatment of rice straw for upcycling into nanofibrous products for sugar pool.
著者名 Tokuyasu K.,Yamagishi K.,Kotake T.,Kimura S.,Ike M.
雑誌 Bioresource Technology Reports
DOI https://doi.org/10.1016/j.biteb.2023.101717

参考URL

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